カンナビスの歴史第1章:世界史

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    こちらでは、カンナビスの歴史について大きく3章に分けてまとめています。

    1 カンナビスの世界史
    2 カンナビスのアメリカ
    3 カンナビスの日本史


    1. カンナビスの世界史

    人類がカンナビスを使い始めた歴史は長く、紀元前8000年の台湾にまでさかのぼります。そして、カンナビノール (CBD)が初めて分離されたのは1940年、その構造の詳細が判明したのは1963年です。

    カンナビスの使用に関する最も古い記録は、人類文明が出現した紀元前6000年頃、古代中国にあり、紀元前2700年頃にも健康のためにカンナビスを使用したという記述があります。

    西暦100年ごろに編纂された「神農本草經 (Shennong Bencaojing/Shen Nung Pen-Tsao Ching )」では、紀元前 2737 年頃に薬理学者でもあった神農皇帝が「痛風、マラリア、脚気、リウマチや物忘れなどの症状にカンナビスを処方していた」と伝えています。

    紀元前2世紀には、中国の医師、華侘(Hua Tuo/Hua T’o)が麻沸散(Mafeisan)という麻酔薬を作り、外科手術を行っていたと書かれています。

    そしてカンナビスは、中国からインドへと広がっていったと考えられています。

    古代インドでの医療目的のカンナビスの利用は、中国と比べてはるかに重要なものとなっていきます。紀元前1400年頃までに編纂されたアルタヴァ・ヴェーダでは、カンナビスは5つの聖なる植物の一つとして記され、広く医療や娯楽目的で利用されました。

    古代ローマの博物学者として知られる大プリニウスは、カンナビスの用途を鎮痛剤として記しています。その他にもカンナビスの実の抽出液を使って耳に入り込んだ虫を引き出すことができることや痛風の症状を和らげるのに有効だとも記しています。

    また、西暦130年~200年頃に生きたギリシャ人医学者ガレノスがカンナビスを処方しているほか、紀元前1700年頃のエジプトでも目の治療に使われていたことを示唆する記録が残っています。

    このようにカンナビスはインド、中央アジア、地中海地域からヨーロッパへと伝わり、広く医療や娯楽目的で利用されてきました。

    また、産業用ヘンプの歴史はヨーロッパの大航海時代なしには語れません。大航海時代には、ポルトガル、オランダ、スペイン、イギリスなどが海を渡り、新大陸で新しいものを見つけて持ち帰るなど貿易が盛んになり、それらの船を警護するために海軍の編成も重要になりました。航海の成功には麻製のロープが非常に重要だったため、ヘンプの栽培の重要性も高まりました。このため、イギリスのヘンリー8世は1533年に農民に対し、ヘンプを栽培するよう求め、従わない場合は罰金を科すなどにしましたが、多くの農民がこれに応じなかったため、結局ロープの原料となる繊維を当時のロシアから輸入しました。このことから、ヘンプから作られる製品が、ユーラシア大陸に広くあったことがうかがえます。

    この時期に活躍したガルシア・デ・オルタは、ヘンプによって食欲を高める作用があることを記述しており、李時珍は吐き気を抑える作用や抗生物質としての効能を記しています。また、同時代の多くの医師もヘンプの医学的利用について記録を残しています。

    一方、イギリスはロシアからのヘンプの輸入を減らすべく、アメリカの植民地にヘンプを栽培するように通達しました。しかし、1607 年にバージニア州のジェームズタウンにやってきた入植者は、目的の違いからすぐ従いませんでした。

    1611年にイギリスから カンナビスを栽培するよう正式な命令が届きますが、植民地では煙草の需要が高かったため、彼らは煙草を主に栽培しました。こうした背景から、1662年、イギリスは植民地に対し、市場に届けられた1ポンドのヘンプに対し、2 ポンドのタバコと交換するというレートを設定したり、ヘンプを法定通貨として使用できるようにしたりしました。こうした制度は、バージニア州、メリーランド州、ペンシルバニア州などにありました。

    18世紀中ごろには、ヘンプの薬剤としての評判がアメリカ大陸中に広がっていきます。1764年のニューイングランド調剤手引書では、皮膚の炎症の処置としてヘンプの根を使うことをすすめており、また、1794 年のエディンバラ新調剤手引書は、失禁、咳、性病やその他多くの症状にヘンプオイルの使用をすすめています。

    場所が変わり、19 世紀中頃のインドではすでにヘンプが広く治療に使用されていました。西洋医学に薬としてのヘンプを導入したのはアイルランド人外科医、ウィリアム・オショーネシーと言われています。

    彼は、1833年にイギリス東インド会社の外科医としてインドに赴任すると、様々な肉食・草食動物にヘンプの投薬実験を行いました。必要な安全性を確認すると、リウマチ、コレラ、破傷風、狂犬病などの患者に対し、ヘンプ抽出物を 使って処置を行い、その一連の研究結果を 1842 年に医療学術誌で発表しました。

    この論文の中で、ヘンプは「病気自体を治癒するものではないものの、それら病気に伴う痛み、吐き気、筋肉の硬直を和らげる作用があった」と述べています。

    20世紀に入り、最初の10年で、西洋医学ではヘンプを薬として使用する機会は著しく減少します。これは抽出物の効力がヘンプ自体の個体差により大きく異なり、投与した際、毎回同じ作用を得ることが難しかったためと考えられます。

    また、19世紀の終わりにはワクチンの開発が進んだことやヘンプの抽出物に期待されるそれぞれの作用をより効果的でより理解の進んだ成分の薬剤が果たすようになったことも理由として挙げられます。