カンナビスの歴史第3章:日本史

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    日本とカンナビスの歴史は古く、縄文時代初頭に日本の広い地域に生育していたことが明らかになっています。特に、縄文土器の縄目模様は、麻縄を使ってつけられたのではないかと考えられ、生活に密着していたことがわかります。弥生時代になると登呂遺跡などから麻と思われる布片が出土しています。また、『万葉集』(7世紀後半~8世紀前半)にも麻について詠んだ歌が28首収録されています。

    時は流れ、明治初期に榎本武揚は、ロシア公使時代に麻の栽培を行った経験を活かし、北海道の麻産業に尽力しました。明治9年に農務省技師の吉田健作が渡欧し、帰国後にヘンプ紡績の工業化を計画し、明治30年に北海道製麻会社を設立し、ヘンプから始め、後に亜麻の生産に力を入れるようになりました。札幌農学校(現・北海道大学)では、南(池田)鷹次郎の実験実習報告書があり、ヘンプ栽培と亜麻栽培は正式な教科内容であったことが記されています。そして、明治40年に北海道製麻と日本製麻が合併して帝国製麻(現・帝国繊維、証券コード3022)を創立しています。

    第1次世界大戦、第二次世界大戦中は、衣類のほかにも神社のしめ縄や和弓の弦、下駄の鼻緒、麻縄・紐・糸など日常に中で利用されました。1925年以前には、ヘンプ入りチンキを日本でも販売していた実績があります。

    1948年に大麻取締法が制定され、ヘンプ取扱者は許可制となりました。ヘンプ栽培者免許者数が最も多かったのは、1954年の約3万7千人で、2016年末には37人に減りました。理由は、化学繊維の台頭による繊維としての麻の需要の減少や栽培者の高齢化です。また、栽培面積は 約8 ha (2016年末)で、以降で最も多かった 約5千 ha (1952年)の約500分の1となっています。また、日本では医療目的の利用は禁止されています。